大洪水
今回は、ソツクナングがクモ女のところにきてこう告げた。
「今度は、最後まで待つ必要はない。今すぐ手を打たないと、心の中に讃歌をうたい続けている者たちさえ汚されて、滅びてしまうだろう。ここまで破壊が進んでいると、私が指定する地の果てにまで彼らが辿り着くのは難しい。そこで、私が世界を水で滅ぼすときに、あなたは彼らを助けよ」
「どうやったら救えるのでしょう?」とクモ女は尋ねた。
ソツクナングはこう命じた。
「着いたらまわりをみなさい。中空になっている背の高い植物がみつかるはずです。これを切って人々を中に入れなさい。次にどうするかを教えます」
クモ女は指示どおりにした。葦を切り、その中の空間に人々を入れ、少量の水と食糧としてトウモロコシの粉【フルスキ】も詰めて、封印をした。こうして全員が収容されるとソツクナングが現われた。
「さあ、彼らの面倒をみるためにあなたも中に入りなさい。私が扉を閉めよう。それから世界を滅ぼそう」
こうして、ソツクナングは地上の水の力を解いた。すると、山々よりも高い波が陸地を襲い、陸という陸は破壊されて海中深く沈んだ。雨はなおも降り続き、波は荒れ狂った。
中空の葦の中に封じられた人々は激しくぶつかり合う大波の音をきいた。空中に高く上げられ、それから海にまた落とされたような感じがした。全てが静まり返っていた。
そして長い間、いつ終わるとも知れぬほど長い間、彼らは海の上を漂い続けた。
最後に動きが止まると、クモ女は葦の扉を開いて、人々を次々に頭から引き上げ、こう命じた。「残っている食物を全てとり出しなさい」
人々はトウモロコシの粉をとり出した。すると、ずっと食べ続けていたにもかかわらず、その分量は変わっていなかった。周りを見渡すと、仲間たちはかつての最高峰の山の峰にいることがわかった。ほかは、見渡す限り海である。第三の世界で唯一残された場所に彼らはいたのだ。
「乾いた陸地がどこかにあるに違いない」と彼らは言った。
「ソツクナングが私たちのために創造してくれた第四の世界が……」人々は沢山の鳥を次々に飛ばし、新しい陸を探させた。だが、どの鳥も疲れはてて帰ってきた。次に、人々は天にまで延びる葦を植えて、その頂に登り海を見渡したが、どこにも陸はみられなかった。
そうするうちに、ソツクナングが現われてクモ女に言った。
「あなた方は旅を続けなければならない。内なる知恵が導いてくれるだろう。頭頂の扉は開かれている」
そこで、クモ女は葦で丸く平らな船をつくるよう人々に命じた。人々は船に乗り組み、海と彼らを導いてくれる内なる英知に身を任せた。長い間、水の上を漂ってのち、ようやく岩の多い島に辿り着いた。
「他のところよりも大きいが、まだ十分ではない」と人々は周囲をみまわしながら言った。
「そうです。十分な大きさの陸ではありません」とクモ女は言った。
そこで、人々は日の出る方角に向かってさらに船を漕いだ。しばらくして、人々は言った。
「低い風の音がきこえます。陸に近づいているに違いない」
やはり、陸はあった。そこは草や木、花の茂る美しい大きな陸のように思えた。彼らは長いことこの陸の上で疲れを休めた。ここに留まりたいという者もいたが、クモ女はこう言った。「この場所ではありません。旅を続けなければ」
船を降りると、彼らは徒歩で島を東へ横断し水際に着いた。ここで、葦や竹のような中が空洞の植物が多く自生しているのを知り、これらを伐採した。クモ女の命令によって、これらを一列に並べ、上の段を交差させてツタで固く縛った。一家族が乗るに十分な筏ができ上がった。こうして、全員が乗れるだけの筏ができると、クモ女は櫂で漕ぐように命令した。
「これからは上り坂になり、あなた方は自分でとる道を決めなくてはなりません。だから、ソツクナングは『遠くへ行けば行くほど道は険しくなる』と言ったのです」とクモ女は言った。
長い旅ののち、人々は低い風の音をきき始めて、また陸地をみつけた。家族と部族は、次々と喜びの声をあげて上陸した。陸は広く美しかった。大地はなだらかで、肥沃であり、樹木や草、実を結ぶ木で覆われ、食物が豊かにあった。人々は喜び、そこに何年もいた。
だが、クモ女はこう告げた。「ここは第四の世界ではありません。生活するのにあまりに楽過ぎます。あなた方はふたたび邪悪な道に入ってしまうでしょう。進みなさい。道はさらに険しくなる、といわれています。
そこで、人々は嫌々、さらに東に向けて向こう岸へと島を渡った。そこで彼らはまた、筏と櫂をつくった。出発の用意が整うと、クモ女はこのように言った。「私に命じられた仕事は終わりました。これからは、あなた方だけで旅を続け、陸をみつけるのです。あなた方の『扉』を開けたままにしておきなさい。聖霊が導いてくれます」
「クモ女さん、何から何までしてくださって有難う。あなたの言葉はいつまでも忘れません」と彼らは悲しげに答えた。